中小企業の事業売却のメリットやデメリットとは?従業員はどうなる?

2019.01.21 会社・事業を売る
ビル

後継者問題を抱える企業や業績不振に悩む企業が課題解決を図るための手段の一つとして、事業売却という手法があります。事業売却を行うと、売り手側企業の会社自体はもとより、従業員の雇用はどうなるのでしょうか。事業売却とはいかなる手法なのか、また、メリットやデメリットについて解説していきます。

事業売却とは

事業売却はM&Aの中でもどういった手法を意味するのか、事業売却の方法についてみていきます。

事業売却の意味

事業売却とは、会社のすべての事業、あるいは一部の事業を第三者に売却することをいいます。株式譲渡は、株式を100%譲渡することで法人格を買い手側に譲り渡すことになるのに対して、事業売却では株式の譲渡はせず、売り手側企業は法人格を維持できます。

事業売却で譲渡するものは、当該事業に関わる資産や負債、人材、組織体制、ノウハウ、取引先や仕入れ先、ノウハウなど多岐にわたります。

事業譲渡の手法が一般的

事業売却といわれるのは、一般的にM&Aの中でも事業譲渡と呼ばれる手法です。契約によって、事業ごとに譲り渡す資産や負債を選別していきます。そのため、売り手側企業は残したい資産や従業員を選定することができます。買い手側企業も株式譲渡と異なり、欲しい事業だけを選択することが可能であり、簿外債務や偶発債務などが発生するリスクを避けられることが利点です。

たとえば、人材紹介事業とWEBコンサルティング事業を運営する企業が、WEBコンサルティング事業を売却する場合、WEBコンサルティング事業に関わる資産や負債を譲渡することになります。この際に「簿外債務は除く」、「特定の従業員は残す」といった取り決めを同意のもとに行うことが可能です。

ただし、売り手側企業には競業避止義務が課されることが多く、同業種の事業を営むことが制限される点に注意が必要です。また、売掛金などの債権の移転には債権譲渡手続きが必要となり、借入金といった債務を移転するには債権者の同意をとらなくてはなりません。

また、会社譲渡の場合、株式を100%売り手企業に譲り渡すため、オーナー経営者には対価が入りますが、事業譲渡の場合、譲渡資金は通常のスキームでは会社に入ります。オーナー経営者が自己のための資金を確保するためには使いにくい手法です。

ところで、事業分割と似たものに会社分割がありますが、会社分割は会社法で定められた組織の再編を目的としたものであり、事業売却の手法としては使われにくいです。会社分割の場合は、債権や債務などの権利や義務は、分割後に承継する会社に引き継がれます。

中小企業の事業売却のメリット

握手

中小企業が事業売却の手法として事業譲渡を行うメリットについて、主に売り手側企業の視点からみていきます。

後継者問題の解決を図れる

事業譲渡は後継者問題を解決する手段としても用いられています。たとえば、製造業を本業としている企業が、不動産賃貸業を営んでいる場合、経営の負担の大きい製造業を売却して、経営の負担が小さい不動産賃貸業だけを残すといったことが可能です。経営の負担の少ない事業のみであれば、高齢になっても老後資金を確保する手段とすることが可能であり、子供が副業として引き継ぐこともできます。

事業を継続できる

事業承継を目的とする事業譲渡では、事業を継続できることもメリットです。黒字経営にも関わらず、経営者の高齢化によって廃業という選択をすると、従業員の雇用が失われてしまうことは大きなデメリットです。また、これまで蓄積してきたノウハウをはじめ、取引先や仕入れ先とのネットワークなどの知的資産が失われてしまうことになります。

売却する事業の選択が可能

株式譲渡では、運営している事業をすべて譲り渡すことになり、基本的には資産も負債もすべて引き継がれます。事業譲渡の場合は、買い手側企業との協議によって、売り渡す事業だけではなく、資産や負債の中で譲り渡すものを決めていくことができることもメリットです。資産の中で残しておきたいものや転籍させたくない従業員を買い手側企業との合意のもと残すことができます。反対に買い手側企業にとっても、簿外債務などのリスクを除外し、必要なものだけを選択できることがメリットになります。

事業売却では、一部の店舗を売却するといったことも可能です。たとえば、関東を基盤とする企業が東北に進出したものの、運営がうまくいかなかった場合、東北の店舗を売却するという選択もとれます。

法人として継続できる

事業譲渡では売り手側企業に法人格をそのまま残すことができます。先祖代々受け継いできた会社を残したいなど、売り手側企業に法人格を手放したくない事情がある場合に、事業譲渡は有効な手法になります。また、同族以外の株主が株式譲渡に同意しない、行方不明の株主がいるといった場合にも、株主総会による特別決議の要件を満たせるのであれば、すべての事業や主要な事業の譲渡であっても可能となります。

さらに、競業避止義務により、売却した事業と同業種の事業を営むことは制限されますが、残った法人格を使って新しい事業を営むことは可能です。

ノンコア事業の売却による体質強化

事業譲渡を行うことで、売り手側企業に譲り渡した事業の対価の現金が入ります。そのため、多角経営を行っている企業の場合、ノンコア事業や不採算事業を事業譲渡によって切り離すことで、コア事業を強化する資金を得ることができます。単に不採算事業から撤退するする場合は資金を得ることはできませんが、事業売却は企業の体質強化を図るための資金を得る手段になるのです。

中小企業の事業売却のデメリット

会議室

中小企業が事業売却の手法として事業売却を行うことには、売り手側企業と買い手側企業の双方にデメリットもあります。

会社間の協議に手間がかかる

株式譲渡によるM&Aは、金銭を対価に株式を100%買い手側企業に譲り渡すことで、所有する不動産や従業員、在庫、取引先や仕入れ先などを一括して譲渡するシンプルな手法です。これに対して、事業譲渡による事業売却は承継する内容を一つ一つ取り決めていくため、会社間の協議に手間がかかります。

ただし、株式譲渡を行う場合よりもデューデリジェンス(買収監査)が対象事業に関わる範囲が限られるため、デューデリジェンスの手間やコストは抑えられます。また、株式譲渡よりも売却手続きに至るまでの期間は短い傾向があります。

許認可を取り直す必要がある

多くの許認可は法人格に紐づいているため、買い手側企業が事業譲渡によって新たな事業を始める際には、売り手側企業の持っていた許認可は使えないケースがほとんどです。新たに取り直す必要があるケースが多くを占めますが。必ずしも、許認可がとれる保証はないため、行政官庁との事前の協議が必要です。

契約関係も新たに結び直すことになるため、手続きの手間がかかることがデメリットになります。事業規模が大きいほど、事業売却の手続きが煩雑になりやすいため、事業譲渡という手法はとられにくいです。

従業員が流出する恐れがある

株式譲渡の場合は株主の変更ですので、基本的に従業員の雇用は承継されます。一方、事業譲渡の場合は、雇用関係を買い手企業に移すには、従業員の個別の同意が必要です。反対に、買い手側企業が拒否した場合も、雇用契約は承継されません。買い手側企業と雇用契約を結び直すことになるため、個別の交渉によって待遇を変えることもできます。そのため、これまでと環境が変わることへの懸念から転籍を拒否したり、結果的に退職する従業員が大量に出たりする恐れがあります。

多くの従業員が流出したり、事業の中枢を担う従業員が退職してしまったりするようでは、事業譲渡後の運営に支障をきたすことが懸念され、買い手企業側が想定していた買収によるシナジー効果が得られなくなります。事業の価値を落とさないためには、従業員へ説明する時期や説明方法に留意して理解を得ることが大切です。また、買い手側企業の提示する労働条件がよい場合には、従業員が積極的に雇用契約の移行を受け入れる可能性が高くなります。

事業を買収する買い手企業の目的

グラフとボールペン

事業を買収する買い手買い手企業側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。買い手側企業の主な買収の目的についてみていきます。

シナジー効果による売上の拡大

事業買収を行う買い手企業の目的の一つとして、自社の事業を強化して売上の拡大を図ることが挙げられます。買い手企業と売り手企業のそれぞれの強みを活かすことで、シナジー効果による業績の向上が見込めます。

たとえば、優れた技術力を持っていても営業力に課題がある製造業を営む企業の場合、同業種で販路を持つ企業から事業を買収すると、拡販を進めることができます。あるいは、事業買収によって販売網を広げる場合には、スケールメリットにより仕入れ価格を下げたり、人材を効率よく配置できたりする効果が期待できるのです。

短期間での事業領域の拡大

事業領域の拡大を図ろうとしても、準備に時間を要しているうちに市場のトレンドが変わってしまうことや、他社に先んじられてしまうことが懸念されます。そこで、事業買収は短期間での事業領域の拡大を果たす手段として行われることもあります。同業種の事業買収では、急激にシェアを拡大することが可能です。支店や営業所をイチから立ち上げるよりも、既存の販売網を買収すれば、短期間で売上を拡大できます。また、異業種の事業買収では、事業の多角化を図ることで、主力事業の収益が低下した際のリスクを軽減できます。

新規事業への投資リスクの軽減

新規事業をイチから立ち上げた場合は、多くの人材やコスト、時間をかけても、収益を上下られるとは限らず、計画段階で頓挫するリスクがあります。既に軌道に乗っている事業を買収することで、安定した経営基盤を引き継げることもメリットです。

事業売却で買い手を見つける方法

事業売却を考えたとき、買い手はどのようにして見つけることができるのでしょうか。事業譲渡の買い手を見つける方法をまとめました。

事業引継ぎ支援センターや商工会議所で情報収集

事業売却の支援を行う公的な機関として、事業引継ぎ支援センターや商工会議所が挙げられます。

事業引継ぎ支援センターは後継者問題に悩む中小企業を支援するため、国が設置した相談窓口で、各都道府県に設けられています。事業引継ぎに関する相談であれば無料で活用が可能で、民間のM&A会社を利用しているケースでも、セカンドオピニオンを受ける目的で活用することが可能です。事業引継ぎ支援データベースでは、事業売却案件や買い手の情報を集約しています。ただし、特定の買い手と初期合意まで進めている場合に関しては無料デサポートが行われますが、M&Aを進めるうえでのマッチングや契約書の作成、譲渡費用の計算、税務上のアドバイスなどの実務は有料で費用がかかります。また、M&Aの中でも、事業承継を目的とするケースに利用は限られます。

全国の商工会議所でも、事業承継のためのセミナーや無料相談が実施されています。

事業売却サイトやM&A仲介会社を利用

事業売却で買い手を見つける方法には、事業売却や会社売却の仲介サイトや、M&A仲介会社を利用する方法もあります。事業承継を目的とするケースだけではなく、幅広い理由で事業売却や会社売却を考えている場合にも利用が可能です。M&A仲介会社によって、取り扱っている企業規模や業種に違いがありますので、自社に合ったところを選びましょう。

まとめ

事業売却はM&Aの手法の中でも、協議や手続きの手間がかかりますが、株式譲渡よりも比較的短期間で実行できることが多いです。また、買い手側にとっては、簿外債務を引き継ぐリスクがないことも魅力になります。

ただし、事業売却は従業員や取引先への影響が大きく、複雑な手続きが必要です。従業員の転籍には個別の合意が必要であり、債権の譲渡手続きや債務の移動に対して債権者の承諾を得るといった手続きも発生します。事業売却後の引き継ぎ期間についても契約で取り決めておく必要があります。また、そもそも事業承継や経営体質の改善などのために、事業売却という手段が向いているのか熟慮することが大切です。

事業売却によるM&Aを検討するときには、M&A仲介会社などのプロに相談してみましょう。