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事業譲渡の際、労働契約はどのように承継される?実務を徹底解説!

2021.12.12 M&A知識

事業譲渡の際、キーマンが移動しなければ事業の価値が大きく減少してしまう場合があります。今回は事業譲渡の際、労働契約がどのように承継されるのか、分かりやすく具体的に解説していきます。

労働契約は特定承継

合併や会社分割の場合、労働契約は包括的に承継されるため、個別の労働者ごとの同意は必要ありません。他方で、事業譲渡の場合、労働契約は特定承継となります。そのため、事業譲渡において、売り手から買い手へ労働契約を承継させるためには労働者ごとの個別同意が必要になります。(民法625条1項)

労働者は民法625条1項を根拠に、労働契約の承継を拒否することもできます。労働者側の立場に立ってみると、事業譲渡が実施されたとしても、売り手企業に残るか、買い手企業に移籍するかは自由に選択することができるのが原則です。

特定の従業員が事業譲渡の価値の源泉になっている場合

事業譲渡は、譲渡対象資産・負債の価値だけでなく、ブランド価値、技術力、営業権、人材、組織などによって、売却金額は大きく変わります。事業譲渡の価値の源泉が特定の従業員から生み出されている場合、売り手から買い手へその従業員が転籍してもらえなければ、事業譲渡を実施する意味がなくなってしまいます。

上記のようなケースでは、事業譲渡契約書上、特定の従業員や役員が買い手企業へ引き継がせることを実行の前提条件として定める場合があります。実行の前提条件とは、事業譲渡契約書は締結するものの、特定の役職員が転籍しなければ譲渡実行がなされないという契約内容です。

また、特定のキーマンのみの移籍を条件とするのではなく、一定割合の従業員が転籍することに同意することを実行の前提条件とすることもあります。例えば、対象事業に従事している従業員のうち過半数の転籍を実行の前提条件とすることなどが考えられます。

事業譲渡における労働契約の承継方法

事業譲渡において、労働契約の承継方法は以下の2とおりです。

  1. 譲渡会社から譲受会社へ労働契約を承継させる
  2. 譲渡会社を一度退職し、譲受会社が新規採用する

それぞれ詳細を見ていきましょう。

1. 譲渡会社から譲受会社へ労働契約を承継させる

第一の方法は、譲渡会社から譲受会社へそのまま労働契約を承継させる方法です。労働契約が同じである以上、給与などの労働条件や待遇は事業譲渡前と後で同じ内容となります。必ず、個別の労働者からそれぞれ合意を得ていく必要がある点に留意が必要です。多くの場合、事業譲渡契約書締結後、承継となる従業員に通知を行い、同意書や関係する書面を提出してもらうなどの方法により、同意を得ていきます。同意を取る書面内容やタイミングについては、労働の法律や問題に詳しい顧問弁護士や労務の専門家である社労士にサポート依頼を行うようにしましょう。

2. 譲渡会社を一度退職し、譲受会社が新規採用する

第二の方法は、譲渡会社を一度退職し、譲受会社がその労働者を新規採用する方法です。このやり方であれば、売り手の契約をそのまま引き継ぐのではなく、改めて自社の労働契約書のフォーマットに従い、新規採用することができます。ただし、譲渡会社と譲受会社の労働契約書の間に大きな差異がある場合には、労働者が承諾しなくなるリスクも高くなります。譲受会社が引き継ぐ労働者に対して、具体的にどのように雇用契約が変わるのかを明示し、丁寧に承継手続を行わなければなりません。1と2のどちらの方法が良いかは十分に検討し、決定するようにしましょう。

事業譲渡の場合、有給休暇や退職金はどうなるか

事業譲渡の場合、有給休暇や退職金の取り扱いは、特に決まったルールはなく、どのような方法でも当事者が納得すれば認められれることになります。買い手企業、売り手企業、そして労働者との協議によってその取り扱い方法は変わります。

譲渡会社から譲受会社へそのまま労働契約が承継される場合、実務上、有給休暇や現在までの退職金の積立額は変更させないことが一般的です。

譲渡会社を一度退職し、譲受会社が新規採用する場合において、譲渡会社で有給休暇を取得させ、退職金を支払った上で、譲受会社が新規採用する方法が考えられます。新規採用の際、有給休暇等をどの程度付与するべきかは実務上の論点になります。例えば、有給休暇の付与に日数は、一年目は有給休暇10日、三年目は有給休暇12日など、勤続年数に応じて逓増させることが通常です。事業譲渡の場合、何年目扱いで入社させるのかは、個別的に判断し、その都度対応していくことがポイントです。売り手企業で10年間働いた従業員が、事業譲渡によって、新卒と同じ有給休暇等の設定では、承継の同意が取りづらくなります。いずれにせよ、事業譲渡によって、有給休暇や退職金がどうなるのか、新たな就業規則はどのようなものなのか等、規定に従い、従業員が理解できるよう丁寧に説明していくことが求められます。

訴訟リスクに注意

事業譲渡の際、特定の従業員が転籍を拒否したことを理由に解雇することはできません。無理に解雇した場合には、従業員側から訴訟されるリスクがあります。従業員が転籍を拒んだ場合には、そのまま売り手企業側で、以前の労働契約のまま、勤務を継続することになります。事業譲渡の際、転籍する従業員数が多い、問題のある従業員を抱えているなど労働問題が発生しやすい状況の際は、M&A専門家、弁護士等、専門家に相談するようにしましょう。売り手会社に労働組合がある場合は、労働組合と裁判・紛争などのトラブルにならないように、事前に十分に対話をしていく必要がある点も注意点の一つです。労働組合と実際のところ、どのような会話をすれば良いかは、厚生労働省が出している指針が参考になります。

参考:

「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」の概要

まとめ

事業譲渡で労働契約を承継させるためには、必ず労働者の同意を得なければなりません。労働者が知らない間に勝手に転籍させられた場合には、法律違反で無効となります。

労働契約の承継方法は、そのまま労働契約を承継させる方法と、一度退職し買い手が再雇用する方法の2種類に分けられます。後者の場合、有給や退職金をどうするのかという実務上の論点が発生しますが、事業譲渡を機に自社の労働契約で従業員を雇用することができるというメリットがあります。いずれの方法によるべきか、売り手経営者と買い手経営者がよく議論し、労働者が気持ちよく転籍できるよう努力を尽さなければなりません。複雑な労働問題が起こる可能性がある場合には、リスクを排除するため、弁護士や社労士からのサポートを得ることも重要です。