事業譲渡における従業員の処遇を解説

2020.12.15 M&A知識

事業譲渡では、従業員の雇用契約や処遇に大きな影響がおよびます。

今回の記事では、事業譲渡における従業員の処遇をくわしく解説します。

事業譲渡において従業員の雇用契約は自動で引き継がれない

事業譲渡によるM&Aでは、従業員の雇用契約を自動で引き継ぐことができません。

引き継ぎたい従業員がいる場合、買い手企業が対象となる従業員と新しく雇用契約を締結する必要が有ります。

従業員側は、買い手企業で新たに働くことを断ることが可能です。

したがって、たとえ売り手と買い手の間で従業員を引き継ぐ旨を契約しても、従業員側が断われば雇用契約を引き継ぐことはできないのです。

事業譲渡によって従業員の処遇はどう変わる?

事業譲渡で引き継ぎ対象となる従業員にとって、不安となるのが処遇です。

この章では、事業譲渡によって従業員の処遇がどのように変わるのかをご紹介します。

基本的には同じ条件または優遇条件で働ける

従業員と新たに契約したのが買い手である以上、処遇を自由に決定する権利を持つのも買い手です。

そのため、不利な条件で働かされることや、処遇が大幅に変更され生活や働き方に支障をきたす事態を心配する方は多いです。

ですが実際には、ほぼ同じ条件またはより良い条件で働けるケースが大半です。

ほぼ変わらない・優れた処遇となる理由は、買い手が従業員から転籍を断られると困るからです。

前述したとおり、最終的に買い手企業で働くかは従業員自身が決めることになります。

そのため、仮に大幅に生活や働き方を変えるような処遇であったり、不利な処遇を提示すると、従業員の雇用契約を引き継げなくなってしまいます。

買収した事業で利益を得るには、なるべく多くの優秀な従業員を引き継ぐことが不可欠です。

そこで買い手は、雇用契約の引き継ぎを断られないように、なるべく同じ条件かより良い条件を提示するわけです。

一定期間が過ぎると大幅に処遇が変わることもある

上記の話はあくまで一般的なものであり、買い手によっては「事業を円滑に進めるために、大幅に従業員の処遇を変えたい」と考える可能性も少なくありません。

そこで買い手によっては、従業員と雇用契約を締結する際に、「一定期間に限って、従来の労働条件を適用する」という旨を契約書に盛り込む場合が有ります。

期間を限定することで、半永続的に事業を行う上で不都合な労働条件を続ける事態を回避できるわけです。

転籍を断る従業員への対応

前述したとおり、事業譲渡により新たな会社で働くことを断る従業員が出てくる恐れも有ります。

その場合、売り手企業で取り得る対応は下記の3種類です。

基本的には配置転換などの対応が必要

転籍を断られたからといって、それだけを理由にクビにすることは原則認められません。

従業員との間でトラブルになり、多額の費用が生じる恐れもあるので避けたいところです。

転籍を断られた場合、企業側では配置転換などの対応により、雇用を維持する努力を行わなくてはいけません。

「この会社に残れるなら、他の部署で働いても問題ない」と考える従業員に対しては、とても効果的な対応策となるでしょう。

買い手企業への出向を命じる

形式上自社に残ってもらいつつ、買い手企業への出向を命じることで、実質的に事業譲渡先で働いてもらう方法も有ります。

必ず同意を得る必要がある転籍とは異なり、出向に関しては一定条件をクリアすれば同意を得ずに命じることが可能です。

そのため、配置転換が困難であったり、従業員の引き継ぎが不可欠であるケースなどでは、出向により対応するのも選択肢の一つです。

ただしやや強引な方法なので、従業員から反感を買う恐れも有ります。

長年自社のために働いてきた従業員のことを考えると、慎重に検討した上で使うべき手段と言えるでしょう。

従業員自ら辞めるケースも

場合によっては、「買い手企業で働くことも、配置転換されてまで働くことも嫌である」と考える従業員が出てくる恐れが有ります。

その場合には、従業員自ら退職を申し出ることになります。

一般的に自発的に退職を申し出る場合、従業員都合での退職となります。

ただし事業譲渡では、「買い手企業に転籍しないと、退職しか選択肢がなかった」と判断されて、会社都合での退職とみなされる恐れが有ります。

会社都合での退職と判断されると、30日前の解雇予告などが必要となるので用心しましょう。

事業譲渡をめぐる従業員の有給・退職金の取り扱い

事業譲渡を行うときには、従業員の有給休暇と退職金の取り扱いに用心しましょう。

この章では、それぞれの具体的な取り扱いの方針を解説します。

有給休暇

事業譲渡の遂行により、売り手企業と従業員の間にある雇用契約は解消されます。

したがって、基本的に売り手企業で働いている間に得られた有給休暇の権利は失われます。

ただし実際には、従業員の不利とならないように、下記のような対応を行うのが一般的です。

  • 転籍前に残りの有給休暇を消化させる
  • 未消化の有給休暇の期間を買い手企業で引き継ぐ

買い手側は、有給休暇を引き継がないことで、転籍を断られるような事態とならないように用心しなくてはいけません。

退職金

一方で退職金に関しては、下記いずれかの方法で対応するのが一般的です。

  • 売り手側で働いてきた期間分の退職金を支払う
  • 売り手で働いた期間を買い手側が引き継ぐ(最終的に買い手側が退職金を支払う)

有給休暇の規定と同様に、従業員にとって不利な状況となることは有りません。

退職金や有給に関して不安に感じる従業員は多いので、事業譲渡の際には不利とならない旨を事前に伝えておきましょう。

まとめ

事業譲渡における従業員の処遇をまとめると下記のとおりです。

  • 従業員の雇用契約は個別に契約し直す必要がある(従業員は転籍を断れる)
  • 基本的に不利な処遇となるケースはほぼない
  • 転籍を断られた場合、企業は「配置転換」や「出向」などの対応を行う
  • 退職金や有給休暇に関しては、買い手との間で協議して決定する

株式譲渡と比べて、事業譲渡における従業員の取り扱いは複雑です。

少しでも対応に迷った際には、ぜひお気軽にご相談いただけますと幸いです。

関連記事:事業譲渡とは?手続きの流れや税金を徹底解説!