M&Aにおける役員借入金の取扱いを解説

2021.01.07 M&A知識

役員借入金という用語は、会社が金融機関ではなく役員から借りているお金を意味します。

多くの中小企業では、社長個人が企業に対してお金を貸付する形で、運転資金を賄っている現状があります。

M&Aを行うと経営権や事業の運営者が買い手に移るため、役員借入金を返済して欲しいと考える会社オーナーの方は少なくありません。

では一体、後継者への事業承継や会社売却を目的にM&Aを行うと、役員借入金は返ってくるのでしょうか?

今回のコラム記事では、数あるM&Aの事例をもとに役員借入金の一般的な取扱いを紹介します。

株式譲渡と事業譲渡によって役員借入金の取扱いは異なる

中小企業が行うM&Aの多くは、株式譲渡または事業譲渡のスキームで実施されます。

株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶかによって、役員借入金の取扱いは変わってきます。

役員借入金の回収を目指す場合には、まずはそれぞれの違いを理解しておかなくてはいけません。

株式譲渡

株式譲渡とは、株式の売買によって会社の経営権ごと買い手に移転するM&Aの手法です。

株式譲渡によるM&Aでは、資産や権利義務の移転手続きや債権者保護、株主総会の特別決議などがすべて不要です。

簡便な手続きのみで実施できるため、会社まるごと売却したいケースではもっとも用いられているスキームとなっています。

そんな株式譲渡では、社長と会社の間で結んだ金銭の賃借契約も自動で引き継がれます。

つまり買い手側が役員借入金を引き継ぐことになるため、借入金を回収するにはM&A後に買い手から返済してもらう必要があります。

事業譲渡

事業譲渡とは、会社の中にある事業の一部または全部を売買するM&Aの手法です。

経営権は手元に残しつつ、売却したい事業に属する資産や権利義務のみを売却できる点が魅力です。

ただし利害関係者に与える影響が大きいため、契約等の個別移転や特別決議などの手続きが必要となります。

おもに主力事業に集中したい場合や、個人事業主が事業承継を実現したい場合に、事業譲渡のスキームが用いられます。

そんな事業譲渡では、株式譲渡とは異なり役員借入金が自動的に引き継がれることはありません。

買い手にとって役員借入金を買い取るメリットはないため、基本的には売却で得られた利益から役員借入金の返済を行うことになります。

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M&Aの際に役員借入金をめぐって売り手が取り得る選択肢

役員借入金をめぐって、M&Aの時に売り手経営者が取り得る選択肢は主に4種類あります。

この章では、各選択肢のメリットやデメリットを解説します。

それぞれメリットやデメリットは異なるため、ご自身が経営する会社や買い手の意向に応じて、もっとも役員借入金の回収につながりやすい選択肢を選ぶようにしましょう。

株式譲渡後に役員借入金を買い手から返済してもらう

もっとも売り手にとって理想的なのは、株式譲渡によるM&Aを行い、その後に役員借入金を買い手から返済してもらう方法です。

簡便な手続きで会社の経営権を売却できるため、事業承継や会社売却によるリタイアを実現したいケースに最適です。

また、買い手が承諾してくれれば役員借入金の全額を回収できる点もメリットとなります。

ただし買い手にとっては、役員借入金を返済することで、実質的に買収金額が増えてしまいます。

なるべく安く買収したいというのが買い手の本音であるため、役員借入金の返済を承諾してもらえない可能性は高いと考えられます。

役員借入金を放棄した上で株式譲渡を行う

2つ目は、役員借入金を放棄した上で株式譲渡を実施する形で、役員借入金に相当する金額を回収しようとする方法です。

役員借入金を放棄するとは、返済してもらう権利を自ら捨てる行為を意味します。

「役員借入金を返済してもらいたいのに、自ら放棄して大丈夫なのか?」と思うかもしれません。

ですが、役員借入金を放棄すれば一般的に企業価値は高まる上に、買い手にとっても面倒な負債を引き継がずに済むようになります。

そのため、役員借入金を含めてM&Aを実施する場合と比べて、より高い値段で会社を売却できます。

高い値段で会社を売却できるため、結果的には役員借入金の返済資金をより多く手元に残せます。

ただし役員借入金を放棄した場合、会社側では「債務免除益」という利益を計上する必要があり、多額の法人税が課税される恐れがあります。

あらかじめ役員借入金を返済した上で会社や事業を売却する

3つ目は、あらかじめ役員借入金を返済した上で、会社や事業を売却する方法です。

あらかじめ役員借入金を返済すれば、放棄するケースと同様に企業価値を高める効果が期待できます。

その結果、高い値段で会社売却を実現し、役員借入金の大半を回収できる可能性があります。

また、会社内部にある資金を使って役員借入金を返済すれば、買い手に良い印象を与えることが可能です。

良い印象を与えれば、「買収価格に役員借入金の金額を上乗せするように交渉する」という戦略も取りやすくなるでしょう。

事業譲渡のスキームで会社が得られた利益の中から役員借入金を回収する

事業譲渡でM&Aを実施し、会社が得られた利益を役員借入金の返済に充てるのも一つの手です。

会社から役員借入金の返済を行う場合、経営者側は貸したお金を返してもらうだけなので、所得税の納税をせずに役員借入金を回収できます。

また、会社自体は存続するため、会社内部に残っている現預金から役員借入金を返済し、その後会社を畳むという選択肢を取ることも可能です。

一方で買い手は、面倒な役員借入金を引き継ぐ必要がない上に、取得したい資産や権利義務のみを引き継げます。

買い手にとってもメリットが大きいため、売り手から打診した場合に承諾されないリスクは比較的低いと言えます。

状況に応じて役員借入金の回収スキームを選択するのがベスト

売り手の経営者にとっては、株式譲渡によってM&Aを行い、それとは別に買い手から役員借入金を返済してもらうのがベストです。

しかし買い手にとっては出費が増えるため、役員借入金の返済は承諾してもらいにくいのが現状です。

したがって、より多くの金額を回収するためには、事業譲渡の活用や役員借入金の放棄など、あらゆるスキームを比較検討することが重要となります。

どのスキームがベストであるかはケースバイケースなので、実績あるM&Aの専門家から協力を得て、各スキームをシミュレーションすると良いでしょう。

なおMAポートでは、中小企業のM&Aに関するご相談を随時承っております。

役員借入金の回収やM&Aの手法も含めて、疑問や不安に思う点があればぜひお気軽にご相談ください。