事業売却時の契約締結での注意点とは?具体的な条文を解説!

2021.06.20 会社・事業を売る

事業売却を行う際、最終的に締結するのは、株式譲渡契約書や事業譲渡契約書です。

事業売却は売ってしまえば安心というわけではありません。

契約書次第では、思わぬところで落とし穴にはまってしまう可能性もあります。

今回は売り手にとって、事業売却時の契約書の注意点を具体的な条文ベースで解説していきます。

事業売却時の契約書の構成

事業売却(株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割など)の際の契約書は、重要な内容として以下の内容が記載されることになります。

  • 基本的な条件(金額、スキーム、契約締結日、譲渡実行日など)
  • 価格調整条項
  • MAC条項
  • 表明保証
  • 補償条項
  • 誓約事項
  • 実行の前提条件(重要な取引先を引き継ぐことができるなど)
  • クロージング条項
  • 秘密保持など基礎的な条項

上記の中でも、事業売却の契約書で特徴的な「価格調整条項」、「MAC条項」「表明保証」、「補償条項」、「誓約事項」の5点について、それぞれの詳細を確認していきましょう。

価格調整条項について

価格調整条項とは、契約締結日から実行日まで、対象会社のビジネスの状況に応じて売却金額を変更させる手法です。

契約締結日から実行日までが、同日や1週間程度など短い期間であれば、価格調整は必要ありません。

一方、3ヶ月以上など、ある程度実行日までの期間が空いてしまう場合には、双方にとって価格調整条項を入れておくメリットがあります。

デメリットは決算の妥当性を疎明することができなければクロージングできないため、クロージングまでの時間がかかってしまう点が挙げられます。

価格調整条項は、契約締結日に合意した事業売却金額から、以下のような事項を調整の上、最終的な売却金額を算定します。

  • ネットキャッシュ(現預金ー借入金)の増減
  • 純資産の増減
  • 売上、営業利益、当期純利益などのPL項目

例えば、基本的な事業売却を1億円と定め、クロージング日前日までに対象事業のネットキャッシュが1,000万円増加していれば、最終的な売却金額を1億1,000万円(1億円+1,000万円)とすることを約束することができます。

ネットキャッシュの他には、売上、営業利益、当期純利益などのPL項目を基準とする場合、「アーンアウト条項」と呼ばれています。

アーンアウト条項は、ベンチャー企業など、現状の規模は大きくないものの、将来の急激な規模拡大が期待されている場合によく利用される手法です。

売り手の希望売却金額と、買い手のオファー金額の差異が大きい場合には、アーンアウトが使えないか検討してみると良いでしょう。

アーンアウトを利用することで、買い手はリスクを抑えた買収が可能になるというメリットがあります。

売り手も、アーンアウト期間に条件をクリアできれば、アーンアウトをしなかった場合よりも、大きな対価を得られる可能性があり、双方にメリットがある条項です。

アーンアウトに限らず、価格調整条項が付されている場合、売り手株主・経営者は契約締結をしたからといって、油断せず、普段どおりの経営を継続するようにしましょう。

MAC条項について

MACとは、Material Adverse Changeの略であり、「重大な悪影響」のことです。

MAC条項は、クロージング日までの間に対象会社において重大な悪影響を及ぼす事項が発生した場合には、買い手が撤退可能になる条項です。

重大な悪影響とは何かが論点となりますが、対象会社の売上、利益、資産、負債、債務、純資産、キャッシュフロー、業務、KPI、法規制などが含まれており、契約書上は、キャッチオール的に大きく定義しておくことが一般的です。

新型コロナウィルスによる影響で、海外の大型M&A案件ではこのMAC条項が問題になることがあります。

売り手企業にとっては、MAC条項に該当してしまえば、契約締結はできたもののクロージングがなされないため、事業売却のお金を得ることはできません。

もちろん、ほとんどの場合にMAC条項は問題となることはありませんが、買い手がMAC条項を入れたい希望を持っている場合には、念のため注意しておく必要があります。

表明保証について

表明保証とは、対象会社の財務、法務、事業、人事などに関する事項が、特定の期間における一定の事実が正しいことを表明するものです。

表明保証の中でも代表的なものは契約締結日・クロージング日時点で簿外負債、偶発債務がないことを売り手が表明することです。

例えば、事業売却の契約書において、売り手は買い手に対して、以下のような事項を表明保証することになります。

  • 会社は適法に設立されていること
  • 株主総会、取締役会など経営の意思決定が適法になされていること
  • 訴訟などの事実はないこと
  • 買い手に提出した財務諸表や月次推移表は適正であること
  • 従業員との間に未払残業代などの問題が生じていないこと
  • 事業に必要な許認可を取得していること
  • 事業に必要な資産、不動産など自社に適切に所有権があること
  • 法人税、消費税、その他税金の未払がないこと
  • 簿外債務がないこと

以上はあくまでも例となり、実際の表明保証の内容は買い手が買収前に実施するデューデリジェンスの結果次第でその内容は異なることになります。

表明保証は、上場企業、大企業、中小企業のどのようなM&Aの契約書にも必ず入ってくる条文の一つです。

買い手から求められたとしても、約束できないのみ表明保証を行わないようにすることが大切です。

契約締結後に、売り手の表明保証違反があった場合には、「取引実行されない」、「損害賠償の対象都なる」など大きな問題となってしまいます。

補償条項について

補償条項とは、契約書に記載された事項が守れなかった場合に、賠償金を支払うものです。

例えば、前項で説明してきた表明保証の内容に誤りがあった場合にも補償条項の対象となります。

ただし、軽微な表明保証違反まで補償の対象とするのは、広すぎるということもあり、契約書の中では、「売り手が知る限り」、「重大なものに限り」など、補償の範囲を限定的にする必要があります。

**補償条項の妥当な限度額とは

売り手の立場からすると、事業売却した金額以上に補償することは、経済的にリスクとリターンが合わないため、受け入れることはできません。

一方、事業売却した金額全額を補償条項としてしまうと、税引後の利益よりも損害賠償金額の方が大きくなることもあり得ます。

M&Aの実務上、補償の限度額を売却金額の20%程度に設定することが多く見掛けられます。

例えば、事業売却金額が1億円だった場合には、その20%の2,000万円を損害賠償請求の上限とするのです。

M&Aの契約書の中で補償条項の上限額は交渉上の論点となり得るポイントであるため、買い手から提示されたドラフトをそのまま飲むのではなく、きちんと検討しなければなりません。

誓約事項について

誓約事項とは、「売主の義務」、「買主の義務」などM&Aの最終契約を締結するにあたり、守らなくてはならない事項です。

売り手側の誓約事項で代表的なものは、「競業避止義務」です。

競業避止義務とは、事業売却後、数年間は売却した事業と同じ事業をすることができないという義務です。

もし、競業避止義務が設定されていない場合には、事業売却後、売り手は同じノウハウと知見を生かして再度同じビジネスを立ち上げることができ、買い手の競合事業となってしまいます。

売り手が競業避止義務違反をした場合には、前述した補償条項により損害賠償請求の対象にもなるため、注意しておきましょう。

買い手側の誓約事項で代表的なものは、「従業員の雇用を継続すること」が挙げられます。

売り手の事業売却時の希望に従業員の雇用継続がある場合に、最終契約書の誓約事項に定めておくという事例が数多くあります。

事業売却の契約書作成の実務

事業売却を行うにあたり、契約書のドラフトは買い手側から提示することが多くなります。

買い手はM&A仲介会社からの紹介やM&Aプラットフォーム、M&A関連サイトから案件を検討することになりますが、対象事業の情報を全て把握できるわけではありません。

トップ会談や初期的な交渉が済んだのち、基本合意書を締結しますが、その後、買い手は弁護士、会計士、税理士など外部専門家にデューデリジェンス(買収監査)を依頼します。

買い手は、デューデリジェンスを通して判明した事項をもとに、最終契約書に盛り込む内容を決めていきます。

特に表明保証、クロージングの前提条件については、買い手からの要望で条項が追加されていくことになります。

売り手は、買い手からのドラフト提示を受けて、社内の法務部や外部の弁護士にてレビューを行います。

修正履歴付きのワードファイルを複数回、往復させることにより、最終契約書が出来上がります。

事業売却時の契約書に必要な税金について

事業売却に関する税金は、以下のとおりです。

  • 法人税(または所得税)
  • 印紙税
  • 消費税
  • 登録免許税や不動産取得税(不動産取引が含まれる場合)

事業売却時に必要な契約書は、主に株式譲渡契約書と事業譲渡契約書の2種類です。

株式譲渡契約書の場合、印紙税の課税対象となっていないため、印紙の添付は必要ありません。

他方で、事業譲渡契約書の場合には、印紙税の課税対象取引であるため、印紙の添付が必要になります。

消費税についても、株式譲渡契約書と事業譲渡契約書の間で違いが生じます。

株式譲渡は消費税は非課税、事業譲渡の場合、一般的に課税対象資産が含まれていることが多く、課税取引となります。

また、事業譲渡において不動産取引が含まれる場合には、登録免許税や不動産取得税が必要となる点も留意が必要です。

M&Aのスキームや契約書の中身次第で、売り手や買い手が節税できる場合もあるため、M&Aの税務に関しては、税理士などの専門家に事前に確認を取っておくとスムーズに実務が進みます。

まとめ

事業売却の際に締結する契約書は、事業譲渡契約書、株式譲渡契約書などです。

今回は事業売却時に注意すべき、具体的な契約条項を確認してきました。

契約締結したからといってクロージングまで気を抜いてはいかず、組織の状況をキープしておかなければなりません。

条文によっては、クロージングできずに対価を得られない可能性も残っています。

譲受側である買い手から提示された契約書にそのままサインするのではなく、必ず弁護士やアドバイザーからレビューを受け、事前に論点を整理することが重要です。

金額などの基本的な条件が合意できてしまえば、最終契約書で論点になるべき条項はある程度決まっています。

売り手にとって、今回解説してきた5つの条項は特に注意して対応しなければなりません。

あまり契約書や法律の知識に自信がない場合には、本やセミナーなどで知識を深めるとともに、弁護士、M&A仲介会社、FAなどの実績のある専門家のサポートを活用することがおすすめです。

M&Aマッチングサイトの利用により、自社だけでM&Aを進めることもできますが、契約書と譲渡実行まで考えると、最初からM&A専門家を活用することが望ましいと言えます。

成功報酬などそれぞれの手数料は必要になってきますが、成功確率を高める、または大きな失敗確率を下げるためには最低限必要なコストとなり、価値の高いアドバイスを受けることができます。

自分の会社の業種・業態に合った実績のあるアドバイザリーに依頼し、安心・安全な事業売却を達成されることを願っています。