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事業を売却する際の手法とは?スキームを網羅的に解説!

2021.07.26 M&A知識

事業を売却する際、どのような取引内容にするか、いわゆるスキームを決めなければなりません。一般的な株式譲渡、事業譲渡の他にも、会社法上の組織再編行為を利用することもできます。今回は事業売却の際に選択できるスキームの概要を網羅的に解説していきます。

事業売却に利用できるスキームとは

事業売却に利用できるスキーム一覧は、以下のとおり7つあります。

  1. 株式譲渡
  2. 事業譲渡
  3. 合併
  4. 会社分割
  5. 株式交換
  6. 株式移転
  7. 株式交付

1.株式譲渡と2.事業譲渡は「取引行為」、3.合併から7.株式交付までは「組織再編行為」と呼びます。取引行為は法律上、厳格な手続の規定等はなく、自由に取引内容を定めることができます。一方、組織再編行為は契約書上に法定記載事項がある、効力発生までに実施しなければならない手続や作成が必要な資料などが定められているなど、厳格なルールが存在しています。

法律によって手続が定められているため、その法律にきちんと対応した手続を行わなければなりません。仮に手続や資料作成漏れが存在している場合には、組織再編無効の訴えなどを起こされることにより、効力が無効になるリスクがあります。

また、7.株式交付は、2021年3月の会社法改正で新たに追加された組織再編行為です。今後、株式交付によって日本国内のM&Aが増加することが期待されています。

参考:

会社法改正で「株式交付」制度導入

1.株式譲渡の概要

株式譲渡とは、自分が保有する株式を買い手に譲渡することにより、買い手に経営権を渡す行為です。株式会社が行なっている事業=売却したい事業となっている場合に、買い手と売り手が株式譲渡契約書を締結することにより、株式譲渡を利用できます。

そもそも法人を設立していない場合や、一つの法人で複数事業を営んでいる場合には、後に解説する事業譲渡や組織再編行為を組み合わせることが必要になります。

株式譲渡のメリットは、取引行為であることから他の組織再編行為と比べて手続きが比較的簡易であることが挙げられます。また、100%売却だけでなく、30%売却、60%売却など自由に売却できる持分を決められる点もポイントです。持分が数%変われば、将来獲得できる経済効果も同様に数%変化するため、売り手、買い手の間で交渉を行い、意思決定するプロセスが必要です。

例えば、60%分の株式譲渡を行なった場合、売却後も40%の持分を引き続き保有することになります。買い手が経営権を引き継ぐことになりますが、対象会社が配当を実施した際は40%の配当を得ることができます。

株式譲渡契約書は、会社法上、法定記載事項もなく、自由に契約内容を決めることができます。売却する持分を決められる点も踏まえて、株式譲渡は自由度の高い取引と言うことができます。

2.事業譲渡の概要

事業譲渡とは、売却したい事業を指定することで、買い手にそのまま事業を渡すことができる行為です。事業譲渡は取引行為であるため、物を売買する売買契約と同じイメージとなります。

物の売買と異なるのは、事業譲渡の範囲には、建物や工場などの有形資産、不動産に限らず、ホームページ、ドメイン、仕入先などの取引先や従業員の引き継ぎ、ノウハウ、営業権など目に見えない物も含みます。事業売却の際に利用することのできる最もシンプルな形と言えます。

事業譲渡のメリットは、買い手が簿外負債を引き継ぐリスクがないという点が挙げられます。株式譲渡や他の組織再編行為は会社全体の引き継ぎであるため、対象会社に簿外債務があれば買い手が引き継ぐことになります。

簿外負債を引き継ぐ恐れがない分、買い手としては安心に事業を買収することができるため、売り手にとっても事業売却の可能性を高めることができます。事業譲受の場合、税務上ものれんが発生するため、のれん償却費により節税効果を得ることもできます。

一方、事業譲渡の場合、個々の資産・負債を売り手から買い手へ承継させる手続が必要ですが、包括承継でなく、個別に承継手続が必要な点がデメリットの一つです。例えば、雇用契約が複数存在していれば、従業員1人1人と雇用継続の承継手続をしなければなりません。株式譲渡であれば会社と労働者との契約は変わらないので、個々の承継手続は不要になります。

また、許認可が必要な事業であれば、買い手は事業引き継ぎ時に新たに許認可を得なければなりません。

譲渡対象資産が多岐に渡る場合、承継手続が増え、譲渡完了までに時間がかかる恐れがあります。複数の顧客、仕入れ先など関係者が多い場合にも引き継ぎ手続に注意しなければなりません。

なお、事業譲渡だけが株式会社だけでなく、個人事業主の際に利用できる手法です。事業の評価額は企業価値評価の手法と同様に、DCF法、マルチプル法、修正純資産法、年買法などにより計算することが可能です。

M&Aのスキームの中で、株式譲渡と並び事例数が多いのが事業譲渡となります。

3.合併の概要

合併とは2社以上の会社が1社に合体する行為です。新設合併と吸収合併の2種類がありますが、実務で使われている合併のほとんどが吸収合併です。

さらに適格合併と非適格合併の2種類に分類され、適格合併は資産・負債を「簿価」で引き継ぎ、非適格合併は「時価」で引き継ぐという違いがあります。時価で引き継ぐ場合、対象物に土地や有価証券などがあれば、含み益、含み損が反映された形で会計や税務処理がなされることになります。

適格・非適格の概念は、後述する会社分割、株式交換などにも同様に当てはまります。

事業を売却する際に合併を利用する場合は、株式譲渡のように売却したい事業が法人化されていることが前提です。買い手にとって、事業買収後に一つの法人として運営した場合に合併を選択するケースがあります。

ただし、前述した通り、合併は組織再編上の行為のため、手続や契約内容が法律によって、数多く定められていることに留意が必要です。組織再編行為は、株主総会の特別決議による承認が原則として必要とされているため、関係者各位への説明も重要です。仮に法律に沿わない合併を実施した場合には、合併後、利害関係者から合併無効の訴えなどを起こされるリスクが残ってしまいます。

合併のメリットの一つとして、対象会社に繰越欠損金がある場合に一定の条件を満たせば買い手がその繰越欠損金を引き継ぐことができる点が挙げられます。買い手が繰越欠損金を引き継ぐことで、買い手の本業の利益と対象会社の繰越欠損金を相殺することができ、節税することが可能になります。

繰越欠損金を利用できるかどうかは、M&Aに詳しい税理士に相談の上、事前の慎重な検討が必要な点は留意が必要です。

合併のデメリットは、対象会社が消滅してしまうため、買い手が買収後も会社を存続させたい場合には合併を利用することができない点が挙げられます。従業員にとっても長年務めてきた会社がなくなってしまえば、合併により離職してしまうリスクも高まります。

4.会社分割の概要

会社分割とは、事業の一部を別の会社に承継させる行為です。自分の会社が複数事業を行なっており、一つの事業のみを売却したい場合にも会社分割を利用することができます。

例えば利益の出ているA事業、赤字のB事業を行なっている場合、赤字のB事業だけを切り出して会社分割できます。B事業の人材、技術、取引先、仕入先などは全て買い手側は引き継げます。

事業譲渡と取引の形としては同じものになりますが、事業譲渡と異なり、①消費税の対象とはならない、②包括承継となることから個別の承継手続が必要ない、③組織法上の行為であり手続が厳格であるといった違いがあります。

取締役会決議、株主総会決議、債権者保護手続、従業員保護手続、反対株主の買取請求など様々な手続が必要なケースがありますので、事業譲渡ではなく会社分割を利用する場合には事前に買い手と売り手の双方が、きちんとスケジュールを把握しておくことが大切です。

対象会社がA、B、Cの3事業を行なっている際、それぞれの事業を3名の後継者に承継させることも可能です。中小企業の事業売却の際にも会社分割は利用しやすい制度です。

5.株式交換の概要

株式交換とは、買い手企業の発行する株式の一部と、売り手企業の発行する株式の全株を交換することにより、完全親子関係を作ることのできる行為です。売り手が事業売却の対価として、買い手の株式が欲しい場合には成立する手法です。

株式交換は事業売却の対価が「株式」であるため、未上場株式である場合には流動性がなく売り手にあまりメリットがありません。そのため、上場企業が買い手側の場合に主に使用されるスキームです。株式交換で事例を検索すると、ほとんどの場合で買い手が上場企業であることが分かるはずです。

買い手である上場企業の時価総額が高ければ株式交換のメリットは大きくなります。株式交換によるM&Aは、手元現金なしに買収することが可能です。売り手は事業売却の対価として、上場企業の株式を受領することになります。

大企業でも高い時価総額を生かして株式交換を繰り返して成長してきた事例はいくつもあります。株式交換によるM&Aが成功すれば、時価総額はさらに高くなり、複数回のM&Aが実施しやすくなるという成功のサイクルを作ることができます。資金なしにM&Aが実施できるため、会社としてのレバレッジが高まり利益率を高められます。

ただし、株式交換により発行済株式総数が増加するため、短期的には1株当たり純利益や純資産が減少し株価にネガティブなインパクトを与える可能性があります。創業者の持株比率も低下するため、無限に株式交換によるM&Aが実施できるわけではありません。

株式交換を用いる際は、株価影響、売り手の状況など総合的に検討した上で利用するようにしましょう。

6.株式移転の概要

株式移転とは、1社または2社以上の発行済株式の全てを新しく設立する会社に移転させる行為です。株式移転を利用することで、ホールディングス会社を新たに設立することが簡単にできるようになります。事業売却後、買い手企業とともに共同経営する際には利用できるスキームです。

株式移転の有名な事例は、三越と伊勢丹の経営統合です。三越と伊勢丹が株式移転により三越伊勢丹ホールディングスを新たに設立しました。

株式移転はM&Aだけでなく、個人経営者が複数の会社を経営している場合に会社関係を整理する場合にも利用できます。例えば、A社、B社、C社の3社を経営しており、それぞれ100%の株式を保有している場合を考えてみましょう。

株式移転によりD社を新たに設立し、D社がA社、B社、C社の持分を100%所有する形にすることができます。株式移転後にD社を事業売却することも可能になり、事業売却の選択肢を増やすことができる点に注目です。

参考:

株式会社伊勢丹と株式会社三越との共同持株会社設立による経営統合に関するお知らせ

7.株式交付の概要

株式交付とは、他社を子会社化する際、自社株式を交付することにより子会社化することのできる行為です。2021年3月の会社法改正以前は、自社株によるM&Aは100%子会社化を前提とする株式交換のみが認められていました。

株式交付制度の誕生により、子会社化(対象会社の50%超の株式を取得すること)の場合に、広く株式交付を利用することができます。株式交付を行った場合、売り手は買い手企業の発行する株式を取得することになるため、株式交換と同様に、買い手が上場企業の方が利用されやすいものになっています。

また、株式交付の特徴として、M&Aの対価に株式と現金を混ぜることができる点が挙げられます。例えば、1億円をM&Aの対価とすると、8,000万円を買い手の株式、2,000万円を現金といった形で財産の額をミックスすることができます。売り手としては買い手の株式でも構わないが、M&Aのために使った実費分は現金対価としてすぐに欲しいといった需要に応えることが可能です。

株式交付の効力発生により、売り手側は買い手の発行する株式を対価として取得することになります。会社法改正により新たに新設された株式交付の税制では、売り手は、株式交付の段階では課税されない点が大きなメリットです。売り手株主は、自分の保有する未上場株式を、所得税がかかることなく、上場株式に交換することができます。

スキームの選択方法

7つの事業売却のスキームは売主が個人事業主か法人事業主かにより、大きく分けられます。個人事業主である場合、その規模を問わず、事業譲渡しか選択できません。株式譲渡やその他の手法は株式会社だからこそ使える方法です。

法人事業主の場合、複数事業を営んでいるのか否かにより選択肢が異なります。複数事業を営んでいない場合、株式譲渡を始め、どのようなスキームでも利用することが可能です。

複数事業を営んでおり、一つの事業だけを売却したい場合には、事業譲渡や会社分割など一部の事業を承継させる手法を使う必要があります。

スキームの選択は売り手にとって、事業売却が成約できるか、また、適正価格の算定方法や実際の価格にも大きな影響を及ぼします。買い手にとって、スキームによって、会計処理や税金が異なってくるため、買い手自身も希望するスキームを持っていることがあります。

特に税金については、売り手の売却手取り額に、買い手の投資金額全体に大きく影響を及ぼす事項であるため、M&Aスキームを決定する前に必ず検討しておかなければなりません。事業売却のプロセスが一定進んでしまっていた後に多額の税金(法人税、消費税、その他税金)を支払うことが判明しても、M&Aは後戻りすることができません。

各スキームの特徴をよく検討のうえ、アドバイザーを活用しながら慎重に決定する必要があります。実際にプロジェクトを進める際も、最終契約書の内容に法定記載事項が定められている場合などもあるため、弁護士、税理士などプロフェッショナルからのサービスをうまく活用し、自身に合ったスキームで事業売却を進めるようにしましょう。

まとめ

以上、事業売却の際に利用されるスキーム7つを網羅的に概要を解説してきました。事業売却の際に圧倒的によく使われるのは、業種・業界を問わず、「株式譲渡」と「事業譲渡」です。

M&Aマッチングサイトなどで目にする案件、M&A仲介会社から紹介される案件も株式譲渡や事業譲渡の場合が多い傾向にあります。

一方、会社分割など、組織再編行為の中にも事業譲渡と似たような効果を持つスキームもあります。それぞれのスキームのメリット・デメリットを顧問税理士やM&A仲介会社、FAなど、実績が豊富でM&Aに深い知見・ノウハウを有する専門家に確認をしながら、最適な事業売却のスキーム選択を行うようにしましょう。

各プロフェッショナルに相談する場合、手付金や成功報酬といった手数料が必要ですが、事業売却の成功確率を上げるためには、価値の高い投資と言えるでしょう。初回の相談は無料であることが多いので、まずは気軽に相談してみることから始めてみましょう。