事業売却における社員の処遇【M&Aアドバイザーが徹底解説】
2020.09.08 会社・事業を売る会社売却(株式譲渡)では、株主のみが変更するため社員の雇用契約は自動で移動します。
一方で事業売却では、経営権を残しつつ一部の事業を売買する「事業譲渡」と呼ばれる手法が用いられるため、会社売却とは手続きが大きく異なります。
では一体、事業売却では社員の処遇や雇用契約はどうなるのでしょうか?
今回の記事では、M&Aアドバイザーが事業売却における社員の処遇や雇用契約について、くわしく解説します。
事業売却における社員の処遇
一部の事業のみを売却する事業譲渡では、必ずしも社員の雇用契約が移動するとは限りません。
あくまで理論上ですが、買い手が従業員の雇用契約を移動しないと考えれば、社員の雇用契約は移動しません。
しかし大半の事業売却では、買い手は譲渡する事業に携わる社員の雇用契約も一緒に引き継ぎます。
なぜなら、買収した事業で収益を稼ぎ続けるには、その事業に関する技術やノウハウを持つ社員の力が欠かせないからです。
事業の資産や権利のみを買収しても、その事業を回せる社員がいなければ十分な収益は得られません。
そのため、大半の買い手は多少高いお金を払ってでも社員も含めて買収したいと考えます。
特に属人性の高いビジネスでは、社員が移動するかそうでないかによって、買収価格が大きく変わります。
したがって事業売却では、「自社の社員が買い手に移ってくれるか」を重点的に考えるのが重要です。
事業売却で社員が取り得る選択肢とその対応
事業譲渡(事業売却)のさいには、売り手の社員はいくつか取り得る選択肢があります。
また、社員が選んだ選択肢によって、売り手が取るべき対応策は変わってきます。
この章では、事業売却で社員が取り得る3つの選択肢とその対応をご紹介します。
買い手で引き続き働く
一番オーソドックスなのは、売却先の企業で引き続き働く選択肢です。
買い手に社員が移転するときは、買い手にて一人ひとりの社員と雇用契約を新たに締結しなくてはいけません。
新たに雇用契約を締結するので、給与面や労働時間などは買い手と移籍する社員で話し合って決めます。
一方で売り手は、事業売却により社員の雇用契約を解除する手続きを行います。
あくまで「会社都合」での解雇となるため、移籍する社員に対しては退職金を支払います。
ただし、これまでの在籍期間を買い手に引き継いでもらう(退職金を支払ってもらう)ケースも少なくありません。
一見すると難しいですが、要は買い手にて雇用、売り手にて解雇の手続きをおこなうわけです。
売り手企業に残る
会社法や民法の定めにより、会社のみならず社員の同意があって初めて、事業売却により雇用契約が買い手に移動します。
移籍を断った社員は、引き続き売り手にて働くことが可能です。
社員が売り手に残るときは、事業を売却した以上引き続き同じ業務をおこなうのは難しいです。
そのため、売り手は移籍を断った社員に対して「配置換え(別の部署で仕事を行ってもらう)」をおこなうのが一般的です。
ただし、慣れない場所で慣れない仕事を行わせるため、社員に不満が生じたりモチベーションが低下するリスクはあります。
なお、買い手への出向命令を行い、半強制的に買い手にて働いてもらう方法もあります。
ですが、こちらの方法も社員のモチベーションを低下させる恐れがあるため、慎重に検討しましょう。
退職する
事業売却に際しては、「買い手でも働きたくないけど、配置換えされてまで同じ会社で働きたくない」という社員が出てくるケースもあります。
このとき、社員は売り手企業を退職することになります。
事業売却に際して社員が辞めるさいは、移籍するときと同様に退職金を支払わなくてはいけません。
なお注意して欲しいのが、社員にとって退職しか選択肢がなかったとみなされる可能性がある点です。
このとき実質的には解雇したと見なされて、解雇予告手当の支払い義務が生じ得るので注意しましょう。
社員が買い手企業への移籍を断るとどうなる?
そもそも、社員が買い手への移籍を断ると、売り手にはどのような影響が生じるのでしょうか?
事業売却の価格が下がる可能性がある
多くの買い手は、優秀な社員も一緒に移動する前提で買収価格を決定します。
そのため、多数の優秀な社員が移籍を断ると、その分だけ事業売却の価格が下がる可能性があります。
特に、その人がいないと買収した事業が回らないようなケースでは、買収自体見送られるリスクもあります。
社員の雇用契約を買い手に引き継ぐには
上記のように、社員に移籍してもらえるかどうかは、事業売却の成否を左右する事柄です。
少しでも有利な条件で事業売却を成立させるには、重要な社員に関しては確実に雇用契約を買い手に移動させなくてはいけません。
社員の雇用契約を買い手に移動させる(社員に移籍してもらう)には、社員にとってメリットがある条件で事業売却を進めなくてはいけません。
たとえば、これまでと同じ働き方・給与体系が続くならば、引き続き買い手で働いてもらえるでしょう。
もしくは、これまで以上に良い条件で買い手が雇用契約を締結すれば、事業売却に際して移転してもらえる可能性が高まります。
これまでと同じ、もしくはより良い条件で雇用契約を移動させるには、その旨を事前に買い手に要請しておくのが重要です。
買い手に社員の重要性を伝えた上で同意を得られれば、事業売却に際して移転を断られるような事態を回避できるでしょう。
まとめ
事業売却において買い手が売り手から社員を移動させるには、雇用契約を結び直さなくてはいけません。
買い手の処遇次第では、買い手への移籍を断る社員が出てくる可能性もあります。
買い手への移籍を断る社員が多いと、事業売却の価格が下がるかもしれません。
売却価格の下落を防ぐためにも、処遇を変えないように契約するなどの対応が求められます。
社員の処遇もしっかり考慮すれば、満足いく条件で事業売却を成功させられるでしょう。