事業譲渡で債権者保護手続きや個別同意は必要?
2021.01.25 M&A知識事業譲渡は株式譲渡に次いでメジャーなM&A手法であり、事業の売却や個人事業主による第三者への事業承継でも広く利用されています。
そんな事業譲渡に際しては、債権者保護手続きや債権者からの個別同意が必要かどうかは非常に気になる部分でしょう。
そこで今回のコラムでは、事業譲渡における債権者保護手続き、および個別同意の必要性の有無について詳細に解説します。
事業譲渡によるM&Aを行いたい中小企業の経営者や、後継者に事業を承継したい方は必見です。
「事業譲渡」と「債権者保護手続き」の概要
まずは、事業譲渡と債権者保護手続きがどのような意味を持つ用語であるかを確認しておきましょう。
事業譲渡の意味
事業譲渡とは、一定の営業目的のために組織化され、有機的な一体として機能する財産の全部または一部を売却する手法です。
簡単に言うと会社の経営権を維持したまま、特定の事業に属する資産や権利義務、ノウハウ等を売却する手法を意味します。
日本では、株式譲渡と並んでポピュラーなM&Aの手法です。
事業承継や経営再建の手段としてはもちろん、IPOに代わるイグジットの手段としても有用です。
売買する範囲を選んでM&Aを行えるため、不採算事業を売却して主力事業に集中したい場合などに用いられています。
加えて、個人事業主による事業承継では株式譲渡の手法を使えないため、経営からリタイアする際には事業譲渡が活用されます。
なお事業譲渡には、下記に挙げた2つの注意点があります。
- 株式譲渡とは異なり消費税が課税される
- M&Aの相手(買い手)は新しく許認可を取得する必要がある
- 保有している資産や権利は包括承継されない
事業譲渡の流れと売買価格の算定
一般的に事業譲渡では、専門家であるアドバイザリー・仲介会社からの支援を得た上でM&Aが行われます。
税務や会計などの専門的なサービスを受けることで、よりスムーズに事業譲渡を行えます。
また、M&Aの相手となる業界の調査や資料の作成・記載など、面倒な業務も代行してもらえます。
加えて、売買価格(対価)の算定に関しても仲介会社のサポート対象となります。
売り手企業の価値などを評価した上で、そこに「のれん」の金額や買い手の意向などを加味する形で、売買価格が決定されます。
依頼には費用がかかるものの、スムーズに取引を進めることができる点で仲介会社の起用はおすすめです。
債権者保護手続きの意味
債権者保護手続きとは、債権者(負債の調達先)の利害に影響を与える可能性のある行為を行う際に、事前にその旨を知らせつつ、異議を述べる期間を与えたり、必要に応じて弁済を行うことを意味します。
なお具体的には、官報への公告と、かつ知れている債権者に向けた個別の催告を要します。
たとえばM&Aによって主力事業を手放すと、その会社は収益源となる事業を失うため、債権者が金銭等を回収できないリスクは高まります。
反対に、利益につながらない事業を買収すると、収益性や企業価値の低下につながり、買い手企業の債権者から見た金銭等の回収可能性は下がる恐れがあります。
そのため会社法では、M&Aによって重大な影響を受ける恐れのある債権者に対して、異議の申し立てや弁済を受ける権利を与えているのです。
また同時に、M&Aを行う会社に対しても、債権者に対する保護手続きを実行する義務を課しているのです。
なお債権者保護手続きが必須であるかどうかは、実際に用いる再編の手法によって異なります。
たとえば合併(新設と吸収の双方)や会社分割では原則として必須である一方で、既存の会社との株式交換や株式移転では基本的に不要です。
事業譲渡で債権者保護手続きや債権者の同意は必要?
債権者保護手続きや債権者の同意は、事業譲渡で必要となるのでしょうか?
債権者保護手続きは不要
結論から言うと、事業譲渡で債権者保護手続きを行う必要はありません。
というのも、前述したように事業譲渡では従業員などとの契約や権利義務ごとに、個別の移転手続きを要するからです。
買掛金などの債務を譲渡しなければ、債務者に変更は発生しません。
債務者に変化がなければ債権者が不利益をこうむるリスクはないため、債権者保護手続きは不要というわけです。
ただし事業譲渡によって債権者の利益を害する恐れがあると、詐害行為取消権を行使され、M&A自体の効力が無効となる恐れがあるため注意が必要です。
債務を売り手から買い手に引き継ぐ場合には、債権者から個別に同意をもらう必要がある
債権者保護手続きは不要であるものの、債務を買い手に移転する事例では注意が必要です。
事業譲渡で買い手に承継するものに債務が含まれる場合、債権者から見た債務者は変わります。
たとえばA会社にお金を貸していたにもかかわらず、事業譲渡で債務の移転が生じることで、B会社にお金を貸していることになるわけです。
仮にB会社に債務の返済能力がない場合、債権者は金銭等を返済してもらえないリスクが高まります。
以上のとおり、事業譲渡で債務の移転が生じると、債権者にとって多くのデメリットを抱える状況となる恐れがあるのです。
そこで事業譲渡で債務を買い手に移転する際には、債権者から個別に同意をもらう必要があります。
事業譲渡で債務を引き継ぐ方法
事業譲渡で債務を譲渡するには、債権者から個別に同意をもらうだけでなく、買い手との間で「債務引受契約書」を締結する必要があります。
債務引受の方法は、「免責的債務引受」と「併存的債務引受(重畳的債務引受)」の2種類に分かれます。
この章では、それぞれの特徴や具体的な条件を紹介します。
免責的債務引受
免責的債務引受とは、債務を引き受ける側(買い手)のみが新たな債務者となり、元々債務者だった側(売り手)は債務から解放される仕組みです。
民法第472条に明記された規定によると、免責的債務引受は以下の方法で行うことが可能です。
- 債権者と引受人(買い手)が契約し、債権者が債務者に対して契約した旨を通知する
- 債務者(売り手)と引受人(買い手)が契約し、債権者が引受人に対して承諾する
つまり、売り手と買い手同士で債務引受の契約をしても、債権者から承諾を得る必要があるわけです。
併存的債務引受
併存的債務引受とは、債務者(売り手)と引き受ける側(買い手)が連帯して債務を負担する仕組みです。
売り手としては引き続き債務を負うため、基本的にメリットはありません。
一方で債権者にとっては、債務者が増えることを意味するため利点が大きいといえるでしょう。
民法第470条の規定によると、併存的債務引受は以下の方法で実施できます。
- 債権者と引受人(買い手)が契約する
- 債務者(売り手)と引受人(買い手)が契約し、債権者が引受人に対して承諾する
免責的債務引受と同様に、売り手と買い手同士で債務引受の契約をしても、債権者から同意を得なくてはいけません。
法改正前は、併存的債務引受において債務者の承諾は不要と解釈されていました。
しかし法改正後は、承諾が必要である旨が条文に明確に定められたので注意しましょう。
事業譲渡で債務を譲渡する際は、かならず債権者から同意を得よう
今回解説した内容について、ポイントをまとめると以下のとおりです。
- 事業譲渡で債権者保護手続きは不要
- 債務を買い手に引き継ぐ株式会社は、債権者から個別に同意を得る必要がある
- 事業譲渡で債務を譲渡または取得する際には「債務引受」の契約を行う
- 債務引受の方法は2種類あるが、いずれの方法でも債権者からの承諾を要する
要点をまとめると、債務を引き継がないケースでは「債権者保護手続き」も「個別の同意」も不要です。
一方で債務も含めて譲渡する場合には、債権者から個別の同意を得る必要があります。
譲渡する債務の種類や数が多岐にわたる場合、各々から同意をもらう必要があるため、多大な労力や時間がかかります。
少しでもスムーズに事業譲渡を行うためにも、計画的に手続きを進めるようにしましょう。
これ以外にも事業譲渡に関する不安がある方は、ぜひお気軽にご相談ください!