M&Aの売り手にどのようなリスクがあるのか?具体的な対応策を解説!

2021.04.18 会社・事業を売る

M&Aにおいて、買い手には簿外債務を引き継いでしまう、買収後に思った収益を上げられないといったリスクがあります。今回は売り手のリスクと具体的な対応策を解説していきます。

M&Aの売り手にどのようなリスクがあるのか

M&Aの売り手において、買い手探し、条件交渉、デューデリジェンス、契約交渉、クロージング(譲渡実行)、その後の引き継ぎなど様々な実務プロセスがあります。

M&Aプロセスを時期で分類すると、売り手には①M&A実施前のリスク、②M&A契約時のリスク、③クロージング後のリスクの3つに分けることができます。

3つのリスクの詳細をそれぞれ見ていきましょう。

M&A実施前のリスク

M&A実施前のリスクは以下のとおりです。

  1. 社内・社外関係者へ情報が漏れてしまう
  2. 売却プロセスを進めても買い手が見つかるとは限らない

1. 社内・社外関係者へ情報が漏れてしまう

M&Aの交渉途中では、一般的に取締役といった経営陣など限られた範囲でしか情報共有はなされません。

仮に社内に広く自社が売却されていることが知れ渡ってしまえば、社内に動揺が走り、人材の離職リスクなどが上がってしまいます。

また、得意先や仕入先、その他取引先などに情報が流出してしまうと、今後の取引継続や交渉に影響を及ぼすなどネガティブな反応が予想されます。

そのため、M&Aについて話す場合には、周りに聞かれないよう最大限の注意を払う必要があります。

社内メンバーや取引先に向けて、契約締結後など適切なタイミングで話すことが大切です。

2. 売却プロセスを進めても買い手が見つかるとは限らない

M&Aの交渉、デューデリジェンス、契約締結までにはある程度の時間が必要です。

しかし、M&Aは必ずしも成功するとは限らず、契約寸前までいったのにも関わらず、ディールブレイクのリスクは最後まで残ります。

そもそもの買い手が見つからない、交渉途中での破談などのリスクはあると踏まえたうえで、冷静かつ慎重に売却プロセスを進めることが重要です。

M&A契約時のリスク

M&A契約時のリスクは以下のとおりです。

  1. 他の類似取引と比べて割安な価格で売却してしまう
  2. 株価以外に不利な契約条項が付されている契約書にサインしてしまう

1. 他の類似取引と比べて割安な価格で売却してしまう

M&Aの相場を知らずに相手と交渉に臨んでしまうと、買い手が提示した価格が、実際のところ高いのか安いのか判断できません。

一度最終契約を結んでしまえば、後になってから割安な価格と判明したとしても、もちろん後戻りすることはできません。

M&Aの売り手の場合、事業を売却するのは人生で一度だけの可能性もあります。

その場の雰囲気で判断せず、場合によってはM&A専門家へのセカンドオピニオンサービス等も利用しながら、慎重な決断が求められます。

2. 株価以外に不利な契約条項が付されている契約書にサインしてしまう

M&Aの契約書は、スキームによって契約書名は異なり、事業譲渡の場合は「事業譲渡契約書」、株式譲渡の場合は「株式譲渡契約書」です。

事業譲渡契約書や株式譲渡契約書において、誓約事項、表明保証、競業避止義務、解除、損害賠償、守秘義務など、売り手が注意すべきポイントは数多くあります。

一般的な最終契約書から大きく不利な契約書にサインしないよう顧問弁護士チェックを入れるなどの対応が有効です。

クロージング後のリスク

クロージング後のリスクは以下のとおりです。

  1. 表明保証違反
  2. 引き継ぎ中にトラブルが発生する

1. 表明保証違反

表明保証とは、対象企業に関する財務や法務等に関する一定の事項や資料が真実であることを保証することを言います。

例えば、最終契約書において、買い手に提出した財務諸表の正確性について表明保証をしたケースを考えます。

買収後の調査の結果、財務諸表が大きく間違っていることが発覚した場合には表明保証違反となります。

表明保証違反の場合、契約解除や補償、損害賠償などの対象となることが一般的であり、せっかく苦労して成約したにも関わらず、経済実態としてなかったことになるリスクがあります。

約束することができない事項は、表明保証の内容に入れるべきではない点に留意が必要です。

2. 引き継ぎ中にトラブルが発生する

譲渡後の引き継ぎを円滑にする目的で、売り手が一定期間、引き継ぎをサポートする事例が数多くあります。

M&Aにより売り手は一時的なキャッシュを得ることになりますが、契約で一定期間引き継ぎをサポートする旨が定められている場合には、気を抜いてはいけません。

後に問題とならないよう最終契約書に従い、誠実に引き継ぎを行い、買い手のPMI(post merger integration)がスムーズに進捗するようしっかり支援することが重要です。

M&Aの買い手が負担するリスク

M&Aの買い手にも当然ながら大きなリスクがあり、主に以下のリスクが挙げられます。

  • 簿外債務に気づかずに買収してしまう
  • 市場の取引事例と比べて割高な価格で買収してしまう
  • 経営方針・戦略に対する考えた方が異なり、事前に描いていたシナジー効果が現れない
  • 自社と組織文化が合わずに、キーマンや従業員が退職してしまう
  • 買収をきっかけに重要な得意先が離れてしまい、業績を大きく落としてしまう
  • 買収した企業の管理体制が悪く、統合に想定よりも大きなコストと時間がかかってしまう

簿外負債に気づかずに買収してしまう

簿外負債(債務)とは、帳簿に載っていない負債のことです。

銀行などの金融機関からの借入が帳簿に載っていない場合も、簿外負債として挙げられます。

買収後に簿外負債があることが発覚した場合、契約上何ら手当がなされていなければ買い手がそのまま負担することになります。

簿外負債が多額になれば、買い手はM&Aによって投資金額以上の大きな損失を負い、買い手自身が破産する可能性すら生じます。

M&Aのスキーム選択において、簿外負債を切り離される事業譲渡を選択する、デューデリジェンスを慎重に実施する、契約書で簿外負債のリスクを低減させておくといった対策が必要です。

市場の取引事例と比べて割高な価格で買収してしまう

M&Aの買い手は、買収に要した投資コストを、買収後の事業から生み出される利益によって、数年間に渡って回収しなければなりません。

投資コストを回収できない場合に多い要因として、高値掴みがあります。

割高な金額で買収してしまえば、その後の経営がいかにうまくいっても投資回収は長期に及びます。

買収前に現在のM&A業界の相場観・動向を知り、交渉段階では売り手と買収金額について、きちんと交渉し、適切な企業価値で買収する必要があります。

一方で、買い手からのオファー金額が、売り手の希望価格に達していなければM&Aは成立しません。

買い手は、投資コスト回収観点と売り手の希望価格、買収後のシナジー計画、対象会社の財務状況、デューデリジェンスの結果など、総合的に考える必要があります。

様々な要素を組み合わせてM&Aのプロジェクトを進めなければならず、このような点で、M&Aは総合格闘技である、などと言われることもあります。

経営方針・戦略に対する考え方が異なり、事前に描いていたシナジー効果が現れない

買い手は買収前にビジネスデューデリジェンス等を通じて、シナジー計画を策定します。

事前に対象会社のマネジメントと対話し経営方針・戦略に対する考え方をすり合わせておかなければ、シナジー計画が絵に描いた餅に終わってしまう可能性が高まります。

シナジーが実現しなければ、その分、買い手としては、投資コスト回収が遅れてしまいM&A失敗のリスクが増加してしまいます。

自社と組織文化が合わずに、キーマンや従業員が退職してしまう

買い手と対象会社の組織文化が大きく異なる場合、対象会社のキーマンや従業員が退職してしまうリスクが大きいと言えます。

人事デューデリジェンスやキーマンへのインタビュー、最終契約書のキーマン条項などを通じて、離職リスクを低減させることが必要です。

買収をきっかけに重要な得意先が離れてしまい、業績を大きく落としてしまう

買収をトリガーに、売上の大部分を占める得意先から契約を打ち切られるようなことがあれば、今後の業績は大きく落ち込んでしまいます。

財務デューデリジェンスやビジネスデューデリジェンスの中で、上位の顧客については必ず調査しておく必要があります。

最終契約書の中でも、「重要な得意先から買収の合意を得ること」を実行の前提条件とし、万が一、得意先が買収に反対するようであればM&Aを取りやめるという契約を交わすこともできます。

買収した企業の管理体制が悪く、PMIに想定よりも大きなコストと時間がかかってしまう

買収する企業がスタートアップなどの場合、上場会社や大規模な会社と比べて、管理体制が整備されていないケースが一般的です。

上場会社がM&Aする場合、買収後のスタートアップ企業にも、ある程度の管理体制が要求されるようになります。

管理体制が悪ければ、ゼロから適切な管理体制を構築しなければならず、その分、PMIの手間と工数がかかるため、シナジー実現までの時間もより多くかかってしまうことがあります。

買い手が実施できるリスクへの対応策

M&Aのリスクに対して、買い手ができる対応策は以下のとおりです。

  1. 買い手(バイサイド)FAを依頼する
  2. 充実したデューデリジェンスを実施する
  3. M&Aに詳しい弁護士にリーガルレビューを依頼する

1. 買い手(バイサイド)FAを依頼する

M&Aの相場感や売り手との交渉に自信がない場合は、M&Aの専門家であるFA(Financial Adviser)を活用することで解決できることが多くあります。

M&A仲介の場合、仲介会社は買い手と売り手である株主のそれぞれにアドバイスを提供するため、利益相反であると批判されることもあります。

一方、FAの場合は、買い手側もしくは売り手側のどちらかのみの立場に立ち、アドバイスを提供してくれるので、利益相反の問題は起こりません。

また、売り手との交渉の際に、言いにくいことでもFAを通じて間接的に伝えることができるため、本音で交渉しやすく、さまざまなメリットがあります。

一方、FAに依頼する場合は、成功報酬や手付金などの手数料が必要であるため、比較検討のうえ、適切なFAに相談することが重要です。

2. 充実したデューデリジェンスを実施する

デューデリジェンス(DD)とは、対象会社の価値やリスクを調査することです。

主なDDの種類は以下のとおりです。

  • 財務DD
  • 税務DD
  • 法務DD
  • 人事DD
  • ビジネスDD
  • システム(技術)DD
  • 環境DD

これらのうち、財務DD、税務DD、法務DDは外部専門家に実施を依頼することが通常です。

財務DD・税務DDはセットでFAS(Financial Advisory Service)や会計・税務事務所への依頼、法務DDは法律の専門家である弁護士事務所に依頼することになります。

また、FASや会計事務所については、M&A実務上、財務DDとは別に株価算定も同時に依頼することがよくあります。

ビジネスDDは、FAやコンサルティング会社に依頼することもありますが、M&Aのシナジーに大きく影響する部分でもあるので、社内メンバーは必ずアサインするようにしましょう。

人事DDは、企業文化、組織、雇用契約、賃金規程など労務に関する方針や内容を総合的に調査・分析することであり、人事DDによって、未払い残業代などの問題が明らかになることがあります。

十分なデューデリジェンスを実施することで、対象会社の理解をより深め、リスクを把握し、適切な最終契約に落とし込むことが重要なポイントです。

案件の規模に関わらず、必要最低限のDDは行うようにしましょう。

3. M&Aに詳しい弁護士にリーガルレビューを依頼する

M&Aの最終契約書については、必ずM&Aに強みのある弁護士のリーガルレビューを受けることをお勧めします。

どの弁護士に依頼すれば良いか分からない場合には、FAや仲介会社から紹介を受けられる場合もあります。

M&Aの契約書で大きくミスしてしまえば、デューデリジェンスや交渉など今まで長い時間をかけてきたM&Aプロセスが全て台無しになってしまいます。

法務DDを担当した弁護士が契約書レビューも実施することが一般的であり、法務DDと契約書作成をセットで依頼することができるので、問い合わせてみるとよいでしょう。

売り手が実施できるリスクへの対応策

M&Aのリスクに対して、売り手ができる対応策は以下のとおりです。

  1. M&A前に自信で知識やノウハウを身に付ける
  2. 信頼のおけるM&Aアドバイザーに相談する

1. M&A前に自身で知識やノウハウを身に付ける

M&Aに関する情報は、本・インターネット・セミナー等の情報で、ある程度は理解し、身に付けることが可能です。

買い手や専門家の言いなりにならないようするため、売り手である経営者自身がM&Aを理解している状態であることが大切です。

一方で、世の中の情報はあふれており、何から手を付けて良いのか分からない状況に陥ってしまう方も多いかと思います。

また、知識だけ身に付ければM&Aの売り手リスクを全て回避できるわけではありません。

それくらい、M&Aには細かく、数多くの落とし穴が存在しているのです。

少しでも迷っていたり、不安に思われている場合には、2点目の信頼のおけるM&Aアドバイザーに相談すると悩む時間が解決できるというメリットがあります。

2. 信頼のおけるM&Aアドバイザーに相談する

M&Aアドバイザーは、外資系投資銀行など大きなディールを専門にしているアドバイザーから中小企業や個人のM&Aを対象にするアドバイザー・仲介会社・コンサルタントまで様々です。

M&Aの知見を多く有しているのは言うまでもなく、業界特化型のM&Aアドバイザーなど特徴のある専門家も多くいます。

重要な点は、自分が信頼できると判断したM&Aアドバイザーに相談することです。

相談自体は、無料で行ってくれることがほとんどですので、自分の事業を売却したい場合にはまずはM&Aアドバイザーに相談してみることがお勧めです。

どのようなM&Aアドバイザーに相談するべきか分からない場合、M&Aを行ったことのある知人に紹介してもらうのも良いでしょう。

事前相談の際は、M&Aアドバイザーの経歴・経験、今までに関わった過去の案件、どのような専門性を有しているか、成功報酬体系などを確認する必要があります。

2,3の専門家に相談・検討のうえで一番信頼のできるM&Aアドバイザーに相談し、リスクマネジメントをしっかり行ったうえで、適正な売却を目指しましょう。